『平家物語』は平清盛を「悪人」に仕立て上げました。果たして『平家物語』の制作意図は?清盛の実像は?貴族社会に生きた武士の実像を探ります。また、『平家物語』の朗読も。
- 平成24年6月2日(土)13時~16時30分
- 中央電気倶楽部(京阪・渡辺橋駅下車 北西へ徒歩約5分)
- [講演] 平清盛と武士の時代
- 関西学院大学非常勤講師
岩田 慎平(いわた しんぺい)
- [講演] 「平家物語」万華鏡
- 神戸大学大学院准教授
樋口 大祐(ひぐち だいすけ)
- [講談] 清盛の末期(まつご)-源平盛衰記から-
- 講談師
旭堂 南陵(きょくどう なんりょう)
- コーディネーター 大阪大学招聘教授
高島 幸次(たかしま こうじ)
初夏の風薫る6月、「平清盛と平家物語」をテーマに第29回京阪・文化フォーラムが開催されました。会場は中之島線の渡辺橋駅近くに建つ中央電気倶楽部。電力・電機・電鉄など電気関係事業者の社交場として活用されてきた1930(昭和5)年築の歴史的建造物です。茶色のスクラッチタイルで覆われたレトロな建物は歴史の重みを感じさせ、「フォーラムとともに建物の内部も楽しみ」という参加者の方も大勢いらっしゃいました。
さて、今回のフォーラムは大河ドラマの放映で注目を浴びる“旬”のテーマだけに、会場は大盛況。コーディネーターの高島幸次先生より、ドラマの内容を交えた軽妙な語り口で趣旨説明が行われ、和やかなムードの中での開演となりました。
■第1部
第1部では、日本中世史・武士論などを専門とされる岩田慎平先生から、「平清盛と武士の時代」について講演が行われました。
平清盛が活躍した平安時代末期は、朝廷から武士の時代へと移り変わる、まさに日本の一大転換期でした。新興の院近臣で有力武士でもあった伊勢平氏の棟梁清盛は、武士として初めて太政大臣となり、武士の世を切り開いた「英雄」ですが、『平家物語』などによって伝えられる人物像は「おごる平家は久しからず」という言葉に代表されるように、「悪人」「暴君」といった悪逆非道なものばかりです。
では、なぜその“悪人”清盛が、天皇を中心とした身分秩序厳しい貴族社会の中で異例の出世を遂げ、日本の覇者となり得たのでしょうか? ここで、岩田先生より説話集『十訓抄(じっきんしょう)』などに描かれた清盛の別の一面について、興味深い内容を紹介されました。
それは、“おごる平家”の象徴ではなく、「事を荒立てず穏便に接して他人を立てる」「上下隔てなく人々を遇した」など、温厚で人情深い好人物としての清盛の姿…。また、「戦場でも周囲への配慮を忘れない、深慮遠謀(しんりょえんぼう)の指揮官であった」など、平家のトップにふさわしい大きな器の持ち主であったことを感じさせました。
「武士」と聞くと、戦国時代の織田信長や武田信玄といった勇猛果敢な武将たちを想像してしまいますが、院政期の武士はあくまで代々武力を家職とする中下級の貴族。そのため、この時代の武士が頭角を現すには武芸に優れているだけではなく、貴族社会の身分秩序や価値観に即した立ち居振る舞いの立派さや容姿端麗であることなどが強く求められました。ここで重要なのは、清盛が経済力や武力に頼るだけでなく、貴族への気配りや一門の芸能的素養を磨くなど、その時代に生きる武士として望ましいあり方を体現しながら平氏を上級貴族へと急上昇させたということ。そして、自らがその筆頭として、当時の貴族社会に即した形での正当な政権者たらんとしたことが、清盛の実像に迫る手がかりになるということです。
江戸時代まで約700年間続く武士社会の礎を築いた平清盛。時代の変革者としての新たな人物像に思いを巡らす契機となった講演でした。
■第2部
「祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声 諸行無常(しょぎょうむじょう)の響きあり 沙羅双樹(しゃらそうじゅ)の花の色 盛者必衰(じょうしゃひっすい)の理(ことわり)をあらわす」―。流麗な名文として知られる『平家物語』冒頭部分です。
第2部は、日本中世文学が専門の樋口大祐先生による講演「『平家物語』万華鏡」です。始めに、物語の成立背景やその後の日本に及ぼした歴史的影響について解説されました。
平家の盛衰を描いた『平家物語』は、その実、鎌倉幕府が京都の朝廷を支える形で確立される過程をたどった歴史叙述です。琵琶法師たちによる語りを通して、“悪のヒーロー”としての清盛像が定着したそうですが、物語が源平合戦以後約200年近くを経た室町時代初期に完成したことを考えれば、そこに描かれた清盛を真の人物像として当てはめることはできないそうです。
幕府(将軍)が朝廷(天皇)を支えるという二重政権体制の中で、支配的地位を存続した「武士」たち。天皇や貴族を重んじる従来の権威的秩序を揺るがした「清盛」を打倒して誕生した「幕府」という体制を、見事に正当化した『平家物語』は、武士の支配的地位の由来を説明する起源神話として重要でした。そしてその支配が長期に渡ることで、「武士」としての価値観が日本人のアイデンティティーを創り上げたことに言及。その上で、「平清盛を考えることは、日本文化について、もう一度別の目で考え直すことにつながる」との鋭い指摘に、日本人としての意識のあり方にも関わる奥深い問題提起であると感じさせられました。
講演の後半からは、全12巻からなる『平家物語』より冒頭の「祇園精舎」や「足摺」などの朗読と解説が行われ、会場はひととき古典文学の世界に誘われました。
■第3部
第3部は講談師・旭堂南陵さんの登場です。講談とは、落語と同じくお坊さんの説教をルーツとするもので、歴史ものを中心とした武勇伝、政談や人情物語などを聴衆におもしろおかしく語り聞かせる寄席演芸です。普段は聞く機会の少ない講談に、思わず熱心に聞き入ってしまいました。
演目は『平家物語』の異本のひとつ、『源平盛衰記(じょうすいき)』から「清盛の末期(まつご)」を一席。反平氏勢力である南都を攻撃し、奈良の大仏を焼き払った清盛が、熱病に侵され、天罰と噂される。死期を悟った清盛は「頼朝の首を我が墓前に供えよ」と遺言して死去する場面です。南陵さんの迫力あふれる語り口によって、平家滅亡を予感させる南都焼き討ちのシーンがリズミカルかつスピーディーに展開。話芸の妙味を存分に堪能することができました。
今回のフォーラムは、講演、朗読、講談と盛りだくさんの内容でしたが、謎に包まれた平清盛の実像に迫る多くの発見がありました。京阪沿線には清盛ゆかりの地がたくさん残っています。移り変わりゆく時代を駆け抜け、混乱の世を切り開いた生涯をしのびながら、清盛に会いに出かけてみようと思い、会場を後にしました。
- 京阪グループ開業110周年記念事業「記念フォーラム」
- 第44回 京阪沿線の城と歴史発見
- 第43回 明治維新と東海道五十七次
- 第42回 花と建築 建築と華
- 第41回 今、なぜ明治維新なのか。〜西郷どんの実像〜
- 第40回 東海道五十七次と大津宿・伏見宿・淀宿・枚方宿・守口宿
- 第39回 大政奉還、鳥羽伏見の戦い
- 真田幸村の足跡を辿る —九度山から大坂の陣まで—
- 第38回 国宝 石清水八幡宮本社
- 真田丸の戦略と真田信繁(幸村)の実像に迫る!
- 第37回 馬と人間の歴史
- 第36回 光秀と秀吉の天下分け目の山崎合戦
- 第35回 中世の京都町衆と祇園祭
- 第34回 彩られた京都の古社寺
- 第33回 水辺の歴史 大川沿いにある大坂の陣戦場跡
- 第32回 神に祈った武将たち -石清水八幡宮と源平・足利・織田・豊臣・徳川-
- 第31回 天下統一の夢 -信長と光秀の光と影-
- 第30回 信仰とお笑いの狭間に落語
- 第29回 平清盛と平家物語
- 第28回 葵祭
- 第27回 酒は百薬の長 落語は百楽の長
- 第26回 今に生きる熊野詣